虹子はくすくす笑った。「馬が喋ってる顔って、け・っ・さ・く・ね・」
「何をする気だ。中央競馬会にタレ込むつもりか。それとも、タレ込むと脅迫して檜垣から金をまきあげるつもりか」
「金ですって。お金なんかいらないわ」虹子は鼻で笑った。
「誰に話したところが、気が変になったと思われるだけよ。そっちにだって、ボロを出さないだけの用意はしてあるでしょうからね」
「では、何をする。おれにまた、何かカマせるというのか。そうはさせんぞ」
「カマせたりしないわ。無駄だってことは一度経験ずみでしょ。でも、明日はどうしてもグリーンスターに勝たせたいの。
だって、あんたの陰謀で、この子、さつき賞じゃフケちゃったもの」
「あれはおれのせいじゃない」おれははげしくかぶりを振った。
首の長さを計算に入れていなかったので、馬房の柱で頭を打ってしまった。
「あの時は、彼女が勝手にフケた。だいいち、牝馬の誘惑のしかたなんておれは知らんし、知りたくもないし」
「弁解無用。眼には眼を。歯には歯よ」
「と、いうと」
「そう。今度はあんたを発情させてやるの」彼女は小さな茶色の小壜を出した。
「それはなんだ」
「興奮剤。牡馬用の興奮剤よ。匂いを嗅いだだけで発情するわ」そういうなり、彼女は壜の蓋をとって中身を寝藁にぶちまけた。
カルキ臭い異臭が鼻をついたが、すぐにどうなるということもなかった。
「どうなるということもないな」おれはフレーメンをしてやった。
「あんたは、おれの脳が人間の脳だということを知ってるだろ。人間の脳に刺激をあたえるには、この薬じゃだめなんじゃないかね。
何も感じないよ」
「これでも感じないかしら」彼女は、スプリングコートを、さっと脱ぎ捨てた。
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