被差別階級と文学


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001 2011/10/24(月) 21:34:54 ID:r857ZaPvsg
川端康成の小説が好きでいろんなのを読んでる
伊豆の踊り子は高校生の時に読んで以来3〜4回は読んだ
川端の視線ってのは社会的に見下されている人々の生への慈しみなんだと思う
しかし被差別者や病人や老人や障害者や社会的異端の立場の人々を
モチーフとして取り上げたのは川端に限らず世界中の文学作品に頻繁に見られるもので
生き辛さと文学っていうのは案外と相性が良いのかも知れない

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002 2011/10/24(月) 23:51:06 ID:mM6dK3.adU
>>1 川端先生の作品・・・読めてない

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003 2011/10/25(火) 08:52:13 ID:4pWf.mLaxs
川端氏にとって 伝統美 >女性美 >>> その他

サヨとは相反するよ。

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004 2011/10/25(火) 23:47:12 ID:yLYWmfbYdg
>社会的に見下されている人々の生への慈しみ

これわりと言い得てる気がする

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005 2011/10/26(水) 02:14:59 ID:InfVttc1as
山口ももえの映画での旅芸人のことや
幼馴染の病気のことですか

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006 2011/10/26(水) 06:46:59 ID:kxNHzREpws
Bに何を言っても無駄

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007 2011/10/26(水) 11:55:06 ID:w8JI7RX.jQ
死美人の口から回虫が出てくる話は何でしたっけ?
たぶんこの人だったと思うんだが。

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008 2011/10/26(水) 23:25:04 ID:UZnwgwoWiI
『川のある下町の話』は哀しすぎた
両親を失い乳飲み子の弟をひとりで養う貧乏な少女がヒロインなんだけど
その幼い人生が過酷すぎて泣きながら読んだ

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009 2011/10/27(木) 11:17:15 ID:ys96qMlx.s:DoCoMo
差別されるのにもそれなりの理由がある。

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010 2011/10/27(木) 11:31:34 ID:oafippacVk
>>9
そうだな。
俺も被差別者は一方的な被害者だと思っていたんだが、大人になってから間違いに気づいた。

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011 2011/10/27(木) 12:09:23 ID:DgY7g9JnfE
その理由付けをしたのは差別者だったりする

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012 2011/10/27(木) 14:27:37 ID:woMfc8z34.
自由主義社会で自然発生する所得格差のほうが実は、
楽して大金が稼げる商業や屠殺業への封建差別よりも深刻だったという事実。

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013 2011/10/27(木) 14:57:31 ID:RT2Ufp8QD.
今現在の同和地区に住んでる人と江戸時代の被差別身分が系譜上繋がりあるかって言えば無いもん。住んでる場所が同じだけ。

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014 2011/10/27(木) 15:25:25 ID:ATkGDy0lp6
考えてみてください。

暮らしにくさに必死に耐えて、美しい心を育てている虐げられている人々は
日本国民や在日外国人のうちの何パーセントくらいだと思う?

その中にあなたは含まれていますか?

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015 2011/10/27(木) 19:03:27 ID:woMfc8z34.
震災被害者を代表する知事や、それを見守る記者を前にして、
「アイデア出さないとこっちは何もしないぞ」だの、「書いたらその社は終わりだから」だのと
平然と言ってのける、あの精神の荒廃度。

あれをこそ断じて「許すまじ」と、封建統治の実践者たちも腹を決めていた。
長々とした大刀を常時佩いてまで市井に睨みをきかせていたことも、決して伊達ではなかった。

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016 2011/10/27(木) 20:16:41 ID:ys96qMlx.s:DoCoMo
部落出身者の品性の下劣さは、
主に「精神的な未熟さ」を原因としている。

自分本位でしかものを考えられず、決して他人のことを本気で慮ることができない
精神的な未熟さを、普通の人間なら小学生あたりで卒業する。しかし、
部落出身者の場合は、生業が屠殺業のような甚大な害心を要求されるものであるために、
その害心が仇となって、他人の命なんか家畜ぐらいのものとしてしか捉えられない、
小学生レベルの精神的な未熟さを持ち越したままで大人になってしまう。

「童心の持ち主こそは天に昇れる」などとするキリスト教が解禁されたことも相まって、
文学や芸能などの文化方面でも、部落級の精神的な幼稚さが近代以降に持て囃されるようになったが、
本来、子供の幼稚さほど残酷なものも他にないわけで、誰しもが精神的な成熟を嗜んでいた
江戸時代などには、その未熟さこそが特定して徹底的な排除の対象ともされていたのだった。

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017 2011/10/27(木) 20:37:54 ID:NWebbDNgNE

自己紹介?

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018 2011/10/27(木) 20:55:06 ID:ATkGDy0lp6
>>15>>16おそらく同一人物。
あんたは牛豚羊鶏魚などは食べないのでしょうな?

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019 2011/10/27(木) 21:43:32 ID:woMfc8z34.
今の日本でも、部落出身者並みの攻撃性を蓄えている人間はまだ少ないが、
部落並みの幼稚さに陥ってしまっている人間は、ほぼほとんどに上ってしまっている。

「相手を傷つけられれば勝ち、自分が傷つけられたら負け」というような、
2CHあたりで常套とされている感覚も部落と同等のものであり、さすがにそれを遠ざけようと
するものは今でも多いが、大手マスメディアなどで取り沙汰される近代芸能の幼稚さを
公然のものとして認めていない日本人は、ほぼ皆無。本当は近代芸能の幼稚さも、
かつては部落などにのみ特有だったものであり、だからこそ芸能人にも部落出身者が多い。

江戸時代までは、それこそが総体的に廃絶されていた。部落並みの攻撃性だけでなく、
精神的な幼稚さまでもが排除されていたものだから、その幼稚さに染まりきってしまって
いる今の日本人などにも、江戸以前の日本が全くの別次元のように感じられる。

江戸以前の日本人の毅然さこそは、部落級の幼稚さを差別の対象としていたからこそ
育まれていたものであり、決して血みどろの殺伐さを善しとしていたからではない。

切り合いで血だらけと化した場所にはなるべく立ち入らないでいようとする慣習が武家に
あったことが、元禄赤穂事件の記録などからも分かっていて、血みどろの殺伐さもむしろ
部落差別の撤廃によってこそ解放されてしまったところがある。もしもこれから部落や商家
への差別を再開するというのであれば、血みどろの殺伐さが復活することなどではなく、部落や
商家に特有の小学生並みの幼稚さこそが排除されていくことになるのを覚悟しなければならない。

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020 2011/10/27(木) 22:26:40 ID:woMfc8z34.
部落出身者は、幼稚だから差別されていた。

自分たち自身の身命が危ぶまれるような剣呑さはむしろ、武家のほうが担っていたわけで、
「幼稚だから差別されていた」という部落差別の正体がわきまえられたなら、
江戸以前の部落差別の様相がどういうものであったのかも、大体の想像がつくというもの。

あたかも、年端もいかない児童が、幼稚園や小学校で厳重に保護されて、
外部からのロリコンの侵入なども徹底的に防止してもらっていたようなもの。

「下賤だから」というと、いかにも烙印めくが、その下賤である理由は「幼稚だから」なわけで、
決して何の理由もなかったり、不当な理由があったりしたせいで下賤とされていたのではない。

近代以降に部落差別が撤廃されたことも、あたかもロリコン規制が撤廃されたかのような
「箍の外れ」だったわけで、だからこそ幕末の大衆も「ええじゃないか」と踊り交わしていた。

全くもって、「ある種の禁欲の解放でしかなかった」というのが部落解放の正体なわけで、
その解放を嬉しがった連中も「だらしない」の一言に尽き、今では総国民にすら上ってしまっている。

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021 2011/10/27(木) 23:04:52 ID:NWebbDNgNE
ああ、すまんすまん。てっきり告白の類かと思ってしまったよ。
自分は部落出身で、己の幼稚さは差別によって形作られたうんぬん。そういう赤裸々な吐露かと。
重ねて、すまんすまん。

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022 2011/10/27(木) 23:25:28 ID:LX2Uq7uG0U
何だこの流れw

川端氏の作品は底辺の人を描いたものもあるが、上流階級モノも多いよ。
共通するのは日本古来の美しさ。

「抒情歌」なんか読むと、知識、センスとも澁澤龍彦のような路線で行っても十分通用する所を
あえてどろどろの日常の中に追及しようとしたのがこの人の凄いところ。

「雪国」では生活の為にもがき続ける酌婦を評価するのは、主人公の自称「高等遊民」。(仕事もせずプラプラ雪国に遊びに来る金持ち)
「伊豆の踊子」にしてもその素朴な美しさは、主人公の裕福な学生の目を通じて描かれる。(この時代に学校へ行って「自分探し」めいた旅行ができるなど、そこそこアッパークラス)

薄っぺらいプロレタリア文学のように「こんな現実があるから社会を変えなければならない」と叫んでいるわけではない。
「温泉宿」の悲惨に死んでいくお清にしても、
作者はその中に、(日本の美学の中に通奏低音のように流れる)「もののあわれ」を見出して愛おしんでいるだけにすぎない。

証拠に、(当然、戦前の作品には)朝鮮人がしばし登場するが、彼等は大抵は風紀を乱す汚らしいものとしか描かれていない。

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023 2011/11/14(月) 19:40:20 ID:mcbiRQw80o
あれはこれかな?

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